平岡水道設備 平岡智秀
1979年和歌山県生まれ。智辯和歌山高校卒。早稲田大学法学部中退。人口1万人足らずの小さな町の水道工事店「平岡水道設備」に生まれる。家庭の都合により、20歳で家業を引き継ぐことを決意。中・高・大と培った舞台の経験から「お客様の人生の登場人物になること」をセールスの要に置き、また、最新かつ定番のマーケティング手法を地域の属性に合わせ用いた「超地域密着マーケティング」を研究・実践することで、大手やビルダーを抑え、1部上場メーカー主催販売レースにおいて2年連続県内総合1位。個人商店では関西1位となる。
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[mp3:http://www.busitre.com/twenties/podcast/070601_1.mp3:第1部]父の密な人間関係下での仕事を見てきた影響で、子供の頃から「コミュニケーション」や「表現」に興味がありました。
それがきっかけで演劇を始め、早稲田大学の演劇研究会に憧れ上京しました。
だが20歳の時に家庭の事情で兄弟の誰かが実家に帰らなければならなくなりました。
そこで、大学を中退して、家業を継ぐことにしました。
当時、演劇とは役者として台本を再現するだけで、本当の世界の表現には勝てない偽物の世界なのでは、と疑問を感じていました。
だから本当の表現を追求するには自分という役が必要だと思っていた私は、その話を聞き、ビジネスマンとして真の役者になれるチャンスだと思い、周囲の反対を押し切って帰郷を決意しました。
そのときの決断は計画的なものといより、衝動的なものでした。
仕事を教わっていた番頭が辞めてしまい、頼れる人がいなくなったことです。
父は仕事を教えない方針の人だったので、全責任をひとりで背負いながら働かなければならなくなりました。
そのような状況下で3年間くらい学びながら必死に仕事をしました。
勉強を始めたことです。
具体的に何をしたかというと、25歳のときから、ビジネス書を1日1冊読み始めました。
加えて、和歌山若手起業家勉強会「ネクストステージ」などへも参加しました。
そのように取り組んでいると、だんだんと仕事で実績を出せていないことにストレスを感じる始めました。そこで、実績が出ていないのなら実績をつくろう、と決意し、さらに前向きに仕事をするようになりました。
本や勉強会で学んだことを自分のビジネスに使い始めると、業績が徐々に上向きになっていきました。
個人的には、自分をプロモーションしたい人や僕と同じような環境にいる人を助けることです。
ビジネスとしては、地域の発展に貢献することですね。
これらを通じ、今までお世話になってきた人を助けたていきたいと考えています。