大企業の肩書きを捨て、いざ独立するとなり、不安はありませんでしたか?
不安はゼロでしたね。
というのも、1つは、実家暮らしだったので、生活はどうにかなると思っていました。甘いのですが。
もう一つは、大学時代4年間、休みのときにバックパッカーで海外に行っていたということが関係しています。今でも、格好よく言えば、「人生は旅」だと思っているのです。
バックパッカーでの旅行は、常に先が分からない。けれど、それが結構好きだった。人生も同様です。
あとは、会社が嫌で飛び出したから、飛び出すための引き金として独立を利用させてもらったという面もあります。だから、万が一潰れてもいいや、むしろ潰れた方が面白いかなぐらいの気持ちがありました。潰れたら、旅行で違う町に行くのと同じように、新しいことが待っているのではないか、どういうことが待っているのだろう、という気持ちがどこかにありました。
まだ25歳だったこと、学生気分が抜けていなかったこと、実家暮らしだったこと、というのがあって、「潰れた方が面白いくらい」の気持ちで独立に参加しました。会社で発揮できなかった自分の力が発揮できるというワクワク感の方が強かったので、全然不安はありませんでした。
独立する、ということを聞いたご家族の反応はいかがでしたか?
父親からは「そんな会社一年で潰れるぞ」と毎日言われました。バブルがはじけて不況の絶頂のときだったので、他の友達や周囲も決してポジティブな反応は全くありませんでした。
でも、母親だけが何も言わずにいました。後から聞いたら僕がサラリーマンを辞める前の半年くらいの表情がすごく暗かったらしいんです。だから辞めるんじゃないかっていう気がしていたと言っていました
よく「夢と現実」ということが言われます。どんどん先に進んでいくという夢とは裏腹に、実際には、壁に当たることもあると思いますが、独立当初は壁の存在を感じていましたか?
壁はしばらく感じませんでした。
自分が能力を発揮して前に進めること自体が楽しかったのです。「売上がどうだ」とか、「会社の規模が・・・」とかいう目標以前に、自分がやりたいと思ったことを、自分の考えで自分の力で出来ることが楽しかったんです。趣味みたいな感じですね。
ビジネスは稼がなければ意味がないので、今となっては「稼ぐ」ということに主眼を置いていますが、当時の気持ち的には自分の力で、自分の考えが形になることが一番楽しかったので、壁にぶち当たった経験は全くありませんでした。
豊田さんが独立したときには給料はどれくらいでしたか?
半年間ゼロ。
半年目から一年目までが月5万。
二年目が月7~8万。
三年目に10万か10万ちょっとでした。
そんなとき、夢ややりがいだけでは、事業を継続する気持ちが続かないと思うのですが、よく萎えませんでしたね。
夢がなかったことが良かったのだと思います。
サラリーマン時代が不遇だったので、力を発揮したかったというのが一番の夢だったんです。だから、力を発揮できる場というのが楽しかったんです。
あとはやはり実家に住んでいたので、10万だろうが15万だろうが生活は全然できました。飲みには全然行けませんでしたが。
合コンも出来なくなってしまったと?
合コンもゼロですね、ゼロ。
でも合コンする必要がなかったんです。要は憂さ晴らしに合コンしていたので、やりたいことができて、やるべきことがある中で、合コンなんてしたいとも思いませんでした。
話は変わって、会社員だった頃と独立してからの仕事のスタイルって変わりましたか?
受身か、受身じゃないかっていうことが大きく変わりました。
サラリーマンは与えられた仕事しかやれません。もちろんサラリーマンにも色々なサラリーマンがいて、自分で好きに作っていいというのもあるかもしれませんが、基本的には受動的に、与えられた仕事をやります。
一方、ベンチャーというか、起業してしまえば、自分が自分の責任で何でも出来ます。自由だけどその分の責任がありますが。こういうことが大きな違いですね。
会社員の頃はやっぱり労働に対する報酬を求めていましたが、独立してからは成果に対する報酬になりますよね。
そうですね。サラリーマンの時は自分のやっている仕事がどこの売上にどういう風につながっているのかなんて考えたこともなかったです。
けれども、今は自分のやったことが売上に直結するので、考え方が違います。もちろん規模も違いますが。
他の起業家仲間や、ご自身の経験から、独立が上手くいく人と上手くいかない人の違いというのはどこにあるのでしょうか?
「想い」が強くて、その「想い」を疑わずに進んでいける人は成功する可能性が高いと思います。与えられているとそこに「想い」はありません。仕事を「こなす」という感じになりますので。
独立する人っていうのは、「これをやりたいんだ」という想いがあります。「想い」があれば、失敗を恐れず、諦めずに想いを続けます。多少のことにもめげないですし。
豊田さんとお会いしていて、最初に「最近どうですか?」と聞くと、「最高です」とか「ガンガンです」とか言う力強い言葉を聞くのですが、それはいつもそうなんですか?
独立してからはそういうテンションになりました。無意識な自己暗示もあったかもしれないのですが。
いくらテンションが高くてポジティブな豊田さんでも大変だった時とか辛かった時があるかと思います。豊田さんはもう13年間、経営者として活躍されていますが、色々あった中で大変だったこと、辛かったことは?
留学のコンサルティングでずっとやってきている中で、人の人生を扱っているので、こっちにそのつもりはなくても、顧客が現地行ったら思い通りの留学が全然出来なかったとか、留学先でトラブルに遭ったとかいうことは不可抗力でもあります。そんな時に帰ってきてから怒鳴り込まれたりしました。僕の名前は消費者センターに何回も行っているし、「訴えるぞ」と言われたりもしました。不本意だけれども、そういう評価をされた時、すごく悩みました。あと、十何年もやっていると、業績不振で潰れそうになったこともりました。だから、辛いことはありましたね。
13年もやったらやはり波がありますか?。
同じことをやっていても、うまくいく時もあれば、そうでない時もあるから、波はあると思います。
人の出会いもそうですが、縁と運とタイミングだと思います。自分ではどうにもできない、いい意味での縁とか、悪い意味での運とか、タイミングがありますね。