ドラマ「ラスト・フレンズ」20代役者たちのプロ意識
4月から始まったドラマが、続々と最終回を迎えている。某アイドルが数字をとれなくなっただとか、勧善懲悪で有名なあのシリーズはそろそろマンネリ化だとか、様々な議論が飛び交った今クール。貴方のお気に入りはあっただろうか(ちなみに私はどちらのドラマも食い入るように見ていたけれども)。
近年、軽く明るいテレビドラマが好まれる傾向にある中で、それを覆すかのような重い作品が今クール高視聴率を獲得したことをご存知だろうか。今回紹介する記事に登場する、『ラスト・フレンズ』である。
『ラスト・フレンズ』は、恋人同士のドメスティックバイオレンスや性別違和症候群、幼少期の虐待によるトラウマなど、現代の問題を「これでもか!」とばかりに盛り込み、昼ドラ顔負けの泥沼展開を見せたフジテレビのテレビドラマ。主演に長澤まさみと上野樹里、その脇に水川あさみと瑛太、そして長澤のDV彼氏に、ジャニーズグループNEWSきっての好青年・錦戸亮をキャスティングした、実に豪華な作品だ。
記事は彼ら、20代役者たちのプロ意識がいかに高いかを述べている。
「役者」とは、つくづく不思議な人種だなぁと思う。私たちが認識している彼らは、彼らの真実の姿ではない。彼らが作り出した「役」としての姿である。
彼らは彼らなりの想い(例えば今回の長澤まさみならば「(DV被害者の実態を)今を生きる若者たちに伝えたい」、上野樹里ならば「自分の中の(今まで知らなかった)自分に出会うチャンス」)を持ちつつ、役を演じている。彼らは表現者だ。
しかしその「表現」は脚本家なり監督なりの想いを反映した、いわば二次的なもの。ドラマを作り出すスタッフ全員が、自身では叶えることのできない「表現」を彼ら役者に託すのだ。
演じて「伝える」こと。それは、役者の使命。高いプロ意識の所以なのではないか。
記事を読んで、そんなことを考えた。
『ラスト・フレンズ』を毎週リアルタイムで見ながら、「錦戸怖い!」「瑛太かっこいい!」などと奇声歓声をあげていたここ3カ月の自分を反省した次第である。






