田原総一朗のギロン堂
[週刊朝日]
しょっぱなから極論ではあるが、自分はメディアというものは弱い立場になった者を批判するものだと思っていた。大敗した政治家、問題を起こしたスポーツ選手、不正の見つかった企業――そういったものがどのメディアでも盛んに取り上げられ、好き勝手に批判される。そういうもので、その標的には見境がないものだと思っていた。だが、言われてみれば、そうとも限らないのだ。無差別に人を狙っているメディアの標的から、無条件で外れている者が居た――広告主だ。
かつて日本経済新聞に居たことがあったものの、企業の実情をありのままに書けないと考えて退社し、やがて独立してMy News Japanという会社を設立した渡邉正裕氏の書いた本の中から、著者の田原氏は『広告宣伝上位ランキング』という表を紹介している。 その名の通り、新聞、雑誌、テレビといったメディアにどれだけ広告宣伝費をかけているかという表だ。トヨタ、松下電器、本田技術、ソフトバンクモバイル……と、極めて有名な企業の名が並んでいる。
私はその事件のことは知らなかった(か、忘れていた)が、04年にそのトヨタが、同社の車による人身事故で5人が重軽傷を負うという問題を起こしたことがあった。 その翌年、熊本県警による捜査本部が立ち上げられ、トヨタの本社が家宅捜索された。だが、この時点では有名な新聞社――朝日、毎日、読売、日経など――は、本来大きなニュースになるはずであるその事件を全く取り上げなかったのだという。その原因は、『広告主のトヨタにとってマイナスになる』からだ。
もちろん、私は個人的にトヨタを批判するつもりでもなく、トヨタがこういった利点を意図して広告の掲載をしているとも思ってはいない。だがそれでも、この記事を読んでメディアのあり方を疑わずにはいられなかった。
報道の自由、言論の自由、と言えば聞こえがいいが、その権利はもともと小さな力しか持たない人々が大きな力に抑えられるのを防ぐために与えられた権利であったはずだ。批判の対象にする相手を選び、弱いものの揚げ足を取って転ばせる権利ではないだろう。それでは、権力に支配され、人為的な偏りのある報道ばかりを繰り返す、言論の自由のない国のメディアと本質的に同じではないか。
権利であったはずが、ともすれば、権力の口実になりかねない言論の自由、そのあり方を見つめなおし、我々も今のメディアのあり方の現実を見た上で、眼に見える情報の真実を考える必要があるのかも知れない。
野中 潔




