熟年世代が陥る「ペットロス」危機
[週刊朝日]
コンパニオン・アニマル。あまり聞かない言葉だ。日本語にすると、『伴侶動物』というような訳になるらしい。家族同然に暮らし、ある人にとってのかけがえのない存在となったペットに対しての言葉だ。だが、ペットがあまりに身近な存在になった今、ペットを失った悲しみから精神疾患を引き起こしてしまうという「ペットロス」問題に多くの人が陥っているという。
「ペットロス」問題は、長く見落とされていたジャンルの問題だという。人間の医者と獣医のちょうどはざまとなっていたのだという。
だが、けして簡単な問題ではないことは、日本最大のペット情報総合サイトである「ペット大好き!」で募集した『世界一短いペットへの手紙』で集まった手紙の実に二割までもが『亡くなったペットにあてた手紙』だったことからも分かる。
それほどまでに、多くの人がペットとの別れに悲しんでいるのだ。
食欲不振や無気力状態、果ては仕事が手に付かなくなったり、後追い自殺まで起きかねないという。
かく言う私も家にはもうそれなりの歳の猫が居る。昔は逃げ回っていた獣医の注射からもそれほど逃げ回らなくなり、一日寝ていることも多い。彼が死んでしまったとしたら、私はどんな風に感じるのだろう。
ペットを失うことの辛さは、失った人に同情できるくらいには分かっているつもりだ。 だが、大切なのは、記事の中にもある通り、動物も人も死ぬものだということを理解し、甘やかし、一方的な心の支えにするのではなく、日頃からペットとの距離の取り方を考え、ペットロスに備えておくことだと思う。
「ひとりの人と友人になるときは、その人といつか必ず絶交する事あるを忘るるな」。これは、かく有名な小説家、石川啄木の言葉だ。出会いがあり、付き合いがあれば、別れもある。これは人や動物が生き物である以上、変えられないことなのだろう。
ペットとの関係だけではない。どんな人間関係にあっても、その終わりが来うることは頭に入れておき、別れを経験することで自分自身までもが崩壊してしまわないようにしたい。
流行の歌ではないが、別れた者からの恩に報いたければ、その別れのために立ち止まり過ぎるべきではないのだろう。
野中潔




