今週の気になるマガジンレビュー
ちょっと気になるトレンドを、編集部がピックアップ。おもしろ・まじめに語ります

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2007年10月 バックナンバー

2007年10月31日

女の上げ婚新基準

[AERA]
マガ出典雑誌/「『上げ婚』って何?」と疑問の声が上がりそうなタイトルがついている今回の記事。加えて、さらに驚愕の副題がついている。ずばり――「格下男でオンナを上げる」。

何だソレとブーイングする男性たちの姿が目に見えるようだが、まあとりあえず記事概要をきいてほしい。

かつて、女性が結婚後に仕事をやめざるを得ず、専業主婦の道を歩むことがほぼ義務付けられていた時代には、夫の地位や収入がそのまま妻の地位につながっていた。「いかに格上男と結婚するかが、『上げ婚』の条件」であり、格上男こそが女性に幸せをもたらすと考えられていたわけである。

しかし現代は違う。女性は結婚しても仕事を続けることが多く、夫の格は妻にストレートに影響しなくなった。むしろ、「格下夫が、女性たちにキャリアへの自信や、不利益条件をも受け入れる度量の広さ、地位やお金にとらわれない本物の愛情などを付与し、オンナを上げる」ようになったのだ……。

要するに、格下夫と結婚することで、「男の力に依存せず自らの力で生きていく女性」であり、なおかつ「格下の夫をフォローする能力のある女性」であるという点をアピール、オンナを上げることができるようになった、ということ。

……解説すればするほど、女の打算的な部分が見えてくるのは気のせいだろうか。

確かにそんな理由で結婚相手を選ぶ女性がいるとしたら、同性である私も少し嫌ではある。しかし、外から見て「オンナが上がった」ように感じる最低条件として、『結婚後の生活が幸せそうである』ということが挙げられるのもまた事実。逆に、幸せそうな結婚生活を送っている人間をつかまえて「下げ婚だ」なんて言わないと思うのだ。

「上げ婚の基準が変わった」ということは、「現代女性の幸せな結婚に対する価値観が変わった」ということでもあるんではないか?

だとしたらこの話題、単に「嫌な女の話」として流すわけにはいかないのではなかろうか。
當間光沙

2007年10月30日

消費税大企業“優遇”のカラクリ

[週刊朝日]
マガ出典雑誌/税率のアップが検討されている消費税。最高で約17%にもなる可能性があるそうです。懐の寂しい庶民には痛い話ですね。「まあ、消費税なら皆が公平に払うし、仕方ないかな」なんて思ったりするかもしれませんが、この消費税という制度、決して公平なものではないようです。

今週の「週刊朝日」(朝日新聞社)の「消費税大企業“優遇”のカラクリ」によると、輸出で儲ける大企業の消費税は、相当優遇されているみたいです。

日本には「輸出免税」という制度があります。「外国のお客様に国内の税金である消費税を負担させるわけにはいかない」という理由で、輸出売上高に対する消費税は免除されているのです。

一例を挙げると日本最大の輸出額を誇るトヨタ自動車は、2291億円もの得をしている計算になります。

いやー物凄い額ですね。他にも日産、ソニーなど製品の輸出で利益を得ている大企業は、多大な額の消費税が免除されているのです。「100円ショップ」で、105円の商品を買うことにちょっとした悔しさを感じている身としては、うらやましい限りです。


消費税の値上げが検討され、庶民の暮らしが苦しくなろうとしている中、大企業だけ優遇されているのはちょっと不公平ですよね。
恐らく、輸出で儲けやすい税制度を敷くことで、大企業の国外流出を防いでいるのだと思います。

確かに、大企業が次々と国外に行ってしまえば、日本の経済は立ち行かなくなります。この様な制度は単に庶民に厳しく、金持ちに優しいだけの制度ではないでしょう。


しかし、大企業を下請け等で支える、中小企業で働く庶民に厳しい政策をとれば、中小企業の活力は下がります。そうすると、結局は大企業も経営が成り立たなくなるでしょう。そのバランスをうまくとるべきなのではないでしょうか。一番身近に感じる税金だからこそ、皆が納得できるような制度を考えてほしいですね。

吉田隼人

2007年10月25日

『XPチューンアップ大事典』より

[週刊アスキー]
マガ出典雑誌/皆さん、もうWindows Vista、買いましたかー?

私は買ってません。 第一に、そんな金銭的余裕がないし、仮にあったとしてもVista本体よりも欲しいものなんていっぱいあるし……と、そんな私の本音に共感してくださる方はどれくらいいらっしゃるのか。

ともかく、そんな私の眼に留まったのが、VistaではなくWindows XPを強化するというこの記事。パソコンのスピードアップやInternet Explorerの機能の強化など、誰もがあったらいいと思っているであろう点を中心に紹介しています。

仕事や趣味で使うパソコン、まず何よりも直接的に我々にとって魅力になるのは、その動作の速さではないでしょうか。 シャットダウンにやたら時間がかかるのがうちのパソコンですが、私は今までそれはいろいろ終了に時間をかけているからタイムラグがあるのかと思っていました。 だから、その終了までの時間を変えられると知って驚き。

他にも、スタートメニューからプログラムを選んでいく際の、マウスを置いてから項目が横に出るまでのタイムロスや、エラー時のメッセージ表示までの時間など、意外と短く出来るところは多くあるようです。

そして時間がかかるといえば、視覚効果。最小化の時にしぼむような効果が付くのを省略したりも出来ます。少しいじってみたところWindows 2000のようなシンプルさになってしまいましたが、これはこれで使いやすいものです。

他にも、ブラウザの強化やXP自体の軽量化など、使い込む人にとっては非常に役立つ機能が紹介されているこの記事。相棒のパソコンを、もっと良い感じにしてみては?
野中 潔

2007年10月24日

私は「メタボ」で会社をクビになりました!?

[サンデー毎日]
マガ出典雑誌/見出しだけで衝撃を受けた読者の方も多いのではないだろうか。メタボとは周知の通り、「メタボリックシンドローム」の略。一見会社とは何の関係もないように思えるが、一体どういうことなのか?

キーとなるのは、来年度から実施されるという「メタボ健診」。これはメタボリックシンドロームの判断基準となる「腹囲が男性で85センチ以上、女性で90センチ以上」と、「脂質、血圧、空腹時血糖の三項目のうち二つ以上が基準値を超える」の二つを満たしていないかどうかを調べるもの。従来の健康診断に加えれば病気を未然に防ぐ効果があり、健康管理に非常に効果的――と、こう書けば素晴らしい健診のように思えるのだが、どうやら目的はそれだけではないらしい、というのが今回の記事である。

メタボ健診の裏に隠された真の目的。それはずばり「医療費抑制」。 来年四月に新設される予定の、「後期高齢者医療」というものがある。この負担金が保険者に課せられることになるのだが、実はこれ、メタボ健診の成果次第で増えたり減ったりするのである。 ここでいう保険者とは企業のこと。メタボのペナルティをまともに受けてしまうのは個人ではなく会社、というわけだ。

で、やっと「クビ」の理由が見えてくるわけだが……。 要するにメタボ社員が増えるほど会社は危険な状況に陥るわけで、じゃあ初めからメタボ社員を切ってしまえ、という理屈が生まれる。 うわぁ大変だ、と思い切り他人事としてこれを捉えてしまうのは、現在の私が食べても太らない痩せ型だからか。 それにしても、幼い頃から「体型で人を差別しちゃいけません」と刷り込まれているはずの日本人が、まさしく「体型」で人を判断していくシステムを作るのはなんとも皮肉なことだと思う。まあ、子ども時代とは違い自ら健康管理をする年齢なのだから、自分の体型の責任を自分でとるのはおかしいことではないが。 病気予備軍の烙印を押された挙句、職まで失うなんてまさに泣きっ面に蜂。 肥満者に対するこの社会的イジメ……吉と出るか凶と出るかは様子見というところだろうか。


當間光沙

2007年10月23日

ニッポン全国“メシ代”格差が始まった!!

[週刊プレイボーイ]
マガ出典雑誌/吉野家、ケンタッキー、モスバーガー等など、チェーン店なら全国どこでも、同じ値段で食事ができますよね。でも、「地方と都市じゃ物価は全然違うのに、なんで同じ価格なんだろう……」なんて思ったことありませんか?

今回ご紹介する「プレイボーイ」(集英社)の「ニッポン全国“メシ代”格差が始まった!!」によれば、全国チェーンの飲食店が近々、地域別価格の本格的導入を始めるかもしれないようです。

マクドナルドでは、既に地域別価格を導入していて、ビッグマックのМセットが、東京、大阪、神奈川、京都では60円値上げされて640円に。宮城、山形、福島、鳥取、島根では20円値下げされて560円となっており、80円もの差がついてます。また、「カレーハウスCoCo壱番屋」でも、地方と都市でポークカレーに20円の差がついています。

現在のところ、大手で地域別価格を導入しているのは、両社のみの様です。しかし、都市の人件費の高騰や、原材料費の値上がりの影響で、今後この動きは広がっていく模様。都市で働くサラリーマンには痛い話ですね。

ちょっと不公平に思えますが、これは仕方のないことだと思います。都市に住んでいる私が帰省した時、地方のファーストフード店のアルバイト募集広告を見ると、その賃金の安さに驚きます。

都市では時給1000円が当たり前の仕事でも、800円台だったり、時には700円台だったり……(忙しさの違いも、もちろんありますが)。そのお店で売っているものは全国どこでも同じ値段なのに不公平だなあ、なんて思うことがよくあります。

そして企業としては、それぞれ事情が違う地域ごとに値段を変えたほうが、合理的な経営ができるでしょう。最初は変化に戸惑うかもしれませんが、本来はこれが自然な形なのかもしれませんね。
吉田隼人

2007年10月18日

「ジャーナリスト入門」より

[ダカーポ]
マガ出典雑誌/日本人が平安の昔から食してきたウナギ、そのウナギが、人工的な養殖が難しく、漁獲量の減少から厳しい状況にあるという事実は、最近ではよくニュースなどにも取り上げられるようにもなった。
川を上り成熟するまでの間、豊富な餌を食べ、良好な環境で育つウナギ。そのウナギが著しく減少しているということは、そのまま環境がいかに悪化しているかということを示している、と井田徹治氏は言う。

井田徹治さんが注目しているのは、にわかブームになっているウナギだけではない。20年以上も環境問題に取り組み続け、記事の中でも多くの問題に触れている。地球温暖化、環境ホルモン、そして前述のウナギが関わる問題でもある、『リベット(機械の部品で、鋲のようなもの)抜き』と例えられる種の絶滅。
今、例えるならば地球はリベットを一本ずつ抜きながら、種を一つずつ減らしながら飛んでいる飛行機なのだ。一つ一つは大した影響のないように思えるリベット、しかしそれが抜かれ続け、ある一点を越えた時、全体が一気に崩壊してしまう――。
20年の間、地球環境を見つめ、報道し続けてきた。その言葉は、やはり一言一言が重く、考えさせられるものがある。

『結局、解決策は、草の根から始まることだと思っていますが、その第一歩は、技術への盲目的な過信を捨てることだと思っています』

この言葉は、大学で環境問題についても学んでいる自分にとって、特に印象深い言葉だった。理論的には、二酸化炭素排出が半分になる、というようなことがよくある。
しかし、実際にその理論が実現するかどうかは、やはり別物で、草の根からの意識改革がなければ難しいことなのだろう。

『結局、人間は、生態系のなかで、生き物を利用してしか生きられないのに、それをいつのまにか忘れちゃったということです』。

それは、認めたくなくとも正鵠を射た事実なのだろう。だが、逆に言えば、それを一人一人が思い出すことが出来れば、思い出すような社会を作っていけば、環境の改善はまだ間に合うのだとも思う。
野中潔

2007年10月17日

10代少女の「心」支えるケータイ小説

[読売ウィークリー]
マガ出典雑誌/ケータイ小説。その名の通り携帯電話で読むことを目的に書かれた小説で、改行や会話が多く、ケータイで見やすいように一文が短くなっているのが特徴である。
これが、10代の女の子を中心に大人気に。専用サイト(最大手は「魔法のi(アイ)らんど」)を使えば誰でも気軽に読み手にも書き手にもなれるという手軽さがうけている。 今回紹介する記事では、実際に書籍化もされている作品名を紹介しながら、「ケータイ小説とはどのようなものなのか丁寧に説明されている。

実際の作品として紹介されているのが、まず『Deep Love』。売れっ子作家に名を連ねるようになったYoshiのデビュー作。実話を基にしていて、過激な性描写や悲劇性が話題に。コミック化やドラマ化、映画化など、何度もメディアミックスされている。 次に『恋空』。これも著者が自分の体験を基にして書いたもので、この映画が11月から新垣結衣主演で封切り予定である。
実際に「ありそうな話」、もしくは「あった話」を若者の視点から描写しているだけに、若い女の子たちの共感を呼んだらしい。

で、個人的な意見なのだが……
うーん、携帯だけに留めておけば良かったのに。とか思ってしまう。
ケータイで読むものをわざわざ書籍化する理由は、一回ケータイで読了した読者たちに更に本まで買わせようしているかららしいのだが、この書籍が非常に読みにくい。
まず、横書き。おまけに頁に対して一文が短すぎる。やたらと頁数が多い(改行多いから)。多少の改稿が入っているとはいえ、やはりもともとケータイ小説、直すにしたって限界があるようだ。
本を読まない女の子が、読書の糸口として使うにはいいのかな、と思う。

あともう一つ、余計な心配なのだが、自分の体験をここまで赤裸々に綴って、作者は後で読み返したときに恥ずかしくないのかなぁ……と。
夜中に書いた日記や手紙が読めたものじゃないように、夜中に書いたケータイ小説も結構キてるんじゃないか、とか。

まぁ、10代少女が泣きながら読む小説で泣けなかった私の僻みかもしれませんが。
當間光沙

2007年10月16日

ザ・中学受験

[週刊現代]
マガ出典雑誌/中学受験が今ブームの様ですね。私が小学生の頃は、中学受験をする人はクラスでも2、3人しかいませんでしたが……。卒業式に出られなくて可哀そう、なんて思っていましたっけ。今週発売の「週刊現代」(講談社)の「ザ・中学受験」には、現代の中学受験検事情が克明に書かれています。

07年の首都圏では、小学6年生の6人に1人が私立受験をしたそうです。東京は私立受験が特に多く、私立中に通う生徒の比率が25%を占めています。更に大阪も私立中学生の占める割合が10%を超えています。都市部の私立志向が、ここまで強くなっているとは驚きですね。

私立中学は様々な特色があり、入学直後の合宿、海外でのホームステイや修学旅行は珍しくありません。更には、英語の弁論大会や合唱コンクールを開催しているところもあるのだとか。有名な進学校でも、開成は硬派で、麻布は制服もなく服装も自由……等々個性豊かです。どこでも似た様な公立中学とは大違いです。

クラスメイトのほとんどが同じ中学に進んでいた時代も、今は昔の様ですね。みんなが同じ様な勉強をして、同じ様な経験を重ね、同じような学校に進む……。今までの日本ではそれが当たり前でした。

それは社会が同じような人間を求めていたからです。でも、その様な時代はもう終わったと思います。

月並みな言い方ですが、世の中では今、個性的な人間(最低限の常識があるのが当たり前ですが)、とび抜けて優秀な人間が求められているんじゃないでしょうか。教育格差が生まれる、教育が商売になる、等の批判も聞かれる私立受験ですが、時代の流れを考えれば当然のことだと思います。

小学生が進学先に悩む、そんな姿も当たり前になる時代が来るのかもしれませんね。
吉田隼人

2007年10月11日

熟年世代が陥る「ペットロス」危機

[週刊朝日]
マガ出典雑誌/コンパニオン・アニマル。あまり聞かない言葉だ。日本語にすると、『伴侶動物』というような訳になるらしい。家族同然に暮らし、ある人にとってのかけがえのない存在となったペットに対しての言葉だ。
だが、ペットがあまりに身近な存在になった今、ペットを失った悲しみから精神疾患を引き起こしてしまうという「ペットロス」問題に多くの人が陥っているという。

「ペットロス」問題は、長く見落とされていたジャンルの問題だという。人間の医者と獣医のちょうどはざまとなっていたのだという。
だが、けして簡単な問題ではないことは、日本最大のペット情報総合サイトである「ペット大好き!」で募集した『世界一短いペットへの手紙』で集まった手紙の実に二割までもが『亡くなったペットにあてた手紙』だったことからも分かる。
それほどまでに、多くの人がペットとの別れに悲しんでいるのだ。

食欲不振や無気力状態、果ては仕事が手に付かなくなったり、後追い自殺まで起きかねないという。
かく言う私も家にはもうそれなりの歳の猫が居る。昔は逃げ回っていた獣医の注射からもそれほど逃げ回らなくなり、一日寝ていることも多い。彼が死んでしまったとしたら、私はどんな風に感じるのだろう。
ペットを失うことの辛さは、失った人に同情できるくらいには分かっているつもりだ。 だが、大切なのは、記事の中にもある通り、動物も人も死ぬものだということを理解し、甘やかし、一方的な心の支えにするのではなく、日頃からペットとの距離の取り方を考え、ペットロスに備えておくことだと思う。

「ひとりの人と友人になるときは、その人といつか必ず絶交する事あるを忘るるな」。これは、かく有名な小説家、石川啄木の言葉だ。出会いがあり、付き合いがあれば、別れもある。これは人や動物が生き物である以上、変えられないことなのだろう。
ペットとの関係だけではない。どんな人間関係にあっても、その終わりが来うることは頭に入れておき、別れを経験することで自分自身までもが崩壊してしまわないようにしたい。

流行の歌ではないが、別れた者からの恩に報いたければ、その別れのために立ち止まり過ぎるべきではないのだろう。
野中潔

2007年10月10日

35歳までにやっておくべきこと

[日経WOMAN]
マガ出典雑誌/若造扱いされた20代は通り過ぎたけれども、人生の中間地点である40代にはまだちょっと早い。そんな年齢、「35歳」。
キャリア市場では、35歳は一般的に転職の上限と言われている。企業社会では「一人前」と認定され始め、それ以降のキャリアは個別性を重視されるようになる。
今回紹介する特集では、35歳までにやっておきたいことを「キャリア」「マネー」「プライベート」に分けて紹介、また、様々な「プロ」たちが語る「35歳までにやっておくべきこと」をインタビュー記事として掲載している(基本女性向けだが)。

印象に残ったのは佐藤可士和さんのインタビュー。24歳で博報堂に入社した彼は、数年間死に物狂いで試行錯誤したという。「“30歳までには仕事ができるようになりたい”と思っていましたから」という言葉の通り、30歳のときに手がけた広告デザインがきっかけとなり、彼は自分の軸を作り上げていった。
ちなみに、彼の軸は「整理」。何かプロジェクトを行なうときに相手とコミュニケーションをとりながら、相手の要望や自分の考えを整理していくのもそうだし、自分のキャリアについての思考を整理するのも重要だと思ったそう。

特集中に20代は「仕事で経験できることをとにかくなんでもやる時期」とあって、それは30代の自分の自信の裏づけになるんだそうだ。
この記事を読んでいるあなたは今いくつだろうか。 入社したばかり? それとも20代もそろそろ終わり頃? 三十路は数年前にすぎたといったところだろうか。
人間、予知能力や透視能力が備わっているわけではないから、どうしたって遠い未来よりも目の前の出来事や物事が気になってしまう。目の前のことに全力投球するのももちろん悪くはないが、一つ一つをクリアして行った先にあるのが自分の予想していたものと全く異なったものであるという事態も十分あり得ると思うのだ。

女性男性どちらも、目先のことと未来のヴィジョンを照らし合わせながら、一歩一歩方向確認しつつ進んでいくことが重要なのかもしれない。


當間光沙

2007年10月 9日

あなたの会社の「沢尻エリカ社員」はこう攻略せよ!

[週刊ポスト]
マガ出典雑誌/「特にないです」主演映画の初日舞台挨拶中に思い出に残ったシーンを問われた際、不機嫌モード全開の返答で場を凍りつかせた沢尻エリカさん。あそこまで率直に言ってしまうと、怒りを通り越してちょっと感心してしまいますね。それにしても沢尻さんに質問をしたあの司会の方はお気の毒です……。

今週の「週刊ポスト」(小学館)の「あなたの会社の『沢尻エリカ社員』はこう攻略せよ!」によると、沢尻さんの様な"優秀なのに困ったチャン"が今、ビジネスの世界でも増えているそうです。

記事で紹介されている、大手電機メーカーで最も営業成績の良い女性社員は、営業なのに先方の会社には出向きません。さらに取引先への接待も支払は先方持ち。さすがにそれはマズイと上司が教えても、全く聞く耳を持ちません。それでもライバル会社を出し抜いて、大口契約を取ってきた実績があるので、文句も言いにくいそうです。

記事には「一人では実現不可能な仕事を任せ、壁に直面させる」「勝負気質を利用する」といった、「沢尻社員」に対する対処法の数々も紹介されています。皆さんとっても手を焼いているみたいですね。

確かに沢尻さんの様な人は扱いづらいでしょう。でも、性格に多少問題があったとしても能力のある人たちを、「礼儀がなってない」「協調性が無い」といった理由で見限ってしまうのはもったいないのではないでしょうか。

腹が立つ様な振る舞いをされたとしても怒りをこらえて、優秀な彼らをうまいこと操える様な度量の大きさが必要だと思います。そもそも優秀な人たちは、ちょっとくらい普通の人と違っていて当然なのです。優れているのであれば、多少のわがままは許されても構わないと思います。

  個性や他者との違いが尊重されている昨今の風潮の中、「沢尻社員」はますます増えていくでしょう。それなら、彼らをいたずらに叱るのではなく、うまく扱う術を学んだ方が建設的なのではないでしょうか?
吉田隼人

2007年10月 4日

著作権という魔物

[週刊アスキー]
マガ出典雑誌/著作権の問題と言えばYoutube、Youtubeと言えば著作権問題、そう言っても間違いではないほど、Youtubeと著作権侵害の問題は深刻であり、有名な問題である。 テレビの番組、映画、さらにはミュージシャンのコンサート(もちろん、彼らが売り物にしている曲の入った)など、種類は様々だが、ともかく、現在のYoutubeは違法コピーに溢れている。

Youtubeには、どのくらいのペースで動画が投稿されているか、ご存知だろうか。この記事によると、一分間に三時間分だという。三時間は180分、すなわち、180倍である。全てのYoutubeの動画を見ようとしたら、実際に経過する時間の180倍の時間が必要なのである。 これは、動画の不正をチェックする人々にとっても同じだ。全ての動画を見てチェックしようと思ったら、単純計算で180人の人員が必要になる。

コピーというだけでなんだか悪いことのように思えてしまうようになったのは一体いつからなのだろうか。 多くの人々がYoutubeの著作権侵害を糾弾する一方で、Youtubeの運営側の人々は、Youtubeが持っている可能性を最大限に引き出す事を望んでいる。 もっとコンテンツの提供者に利益を提供できるような、違法コピーの溜まり場ではなく、例えば無名ミュージシャンが動画を通して有名になるなど、コミュニケーションを初め新しいものを作っていく場にしたいと。 それを考える時、コピーは必ずしも単に権利を侵害する代物ではない。最もありふれたメディアである紙をコピーするコピー機、それなしに我々の現代の生活はありえるだろうか。

著作権の問題は深刻ではあるが、そこには同時に可能性がある。 Youtubeがそのどちらに傾くかというのは、違法コピー対策の人々でなく、我々ユーザの手にかかっていると思う。
野中 潔

2007年10月 3日

連載/おじさんは白馬に乗って
世界文学「カラキョウ」化計画

[週刊現代]
マガ出典雑誌/「カラキョウ」……と言われて何のことだかわかる読者は何人いるだろうか。 “空っぽの教室”とか、“から回りする教師”とか……いやいや、違うんである。実はこれ、かの有名なドストエフスキー作『カラマーゾフの兄弟』の略称なのだ。

もちろん学術的な略称では断じてない。日本の若者が勝手にそう呼んでいるだけである。それもこれも、光文社から出版された同書の新訳の文庫が大売れしたからだそうで。……ということは、世界中の古典文学作品に可愛い愛称をつけてまわれば、今まで煙たがられていた作品も「カラキョウ」の後を追うベストセラーになるのではないか?――記事を要約すると、そんな感じである。

まあもちろん、ベストセラーになった理由はそれだけでないということも記事中でしっかりと示唆されている。曰く、「カラキョウ」の登場人物は「いつまでもマッタリべったりだべっている」だけで、「まるで一晩中ネットでチャットをしているみたいだ」。ドストエフスキーのその他の作品も、『罪と罰』は「お金がなくてサラ金(?)の婆さんを殺しちゃった大学生」、『地下生活者の手記』は「完全な引きこもり」であり「遺産があって働かなくてすむのでニート」。要するに、登場人物たちが現代の若者に限りなく近いのである。

古典文学は読めば面白いに決まってる、と、このコラムを連載する高橋源一郎氏は言う。 そりゃそうだよな、と思う。古典文学は、今読んでみて「面白い」とか「芸術性が高い」と思う人がいるからこそ残っているのだ。全ての人が「これは古典と呼ばれているが、無価値なものだ」と判断した作品ならば、残っているわけがない。

しかし、「カラキョウ」はいかがなものか! と。「セカチュー(世界の中心で愛を叫ぶ)」じゃないんだからさ、と思うのは私だけではないはずだ。 そしたら『罪と罰』は「ツミバツ」? 『我輩は猫である』は「ワガネコ」? 文中にあるように『ドン・キホーテ』は「ドンキ」なの? 略して呼べば呼ぶほど、世界に現代日本人の低レベルさを発信しているように思えてならないのだが。



當間 光沙

2007年10月 2日

現役力士が証言『凄惨極めた“殺人現場”』

[週刊現代]
マガ出典雑誌/今相撲界が大変なことになっていますね。朝青龍の仮病騒動が一段落したと思ったら、さらに大きな事件が起こってしまいました。知っている方も多いかと思いますが、時津風部屋の新弟子である斉藤俊さんが、時津風親方や兄弟子の暴行によって死亡したのです。「週刊現代」(講談社)の「現役力士が証言『凄惨極めた“殺人現場”』」では、事件の詳細が詳しく描かれています。

斉藤さんが死亡した前日、言いつけられた仕事をしなかった斉藤さんに対して、時津風親方が説教をしていました。説教の最中、斉藤さんが膝を崩したことに腹を立てた時津風親方が、ビール瓶で斉藤さんを殴打、その場にいた若い衆に対して「お前らもやれ!」と言って集団による制裁が始まりました。その翌朝、ぶつかり稽古で斉藤さんを散々痛めつけた後に、集団で暴行を加えたあげくぐったりした斉藤さんを一時間放置し、死に至らしめました。恐ろしいですね。

親方の責任問題が何かと騒がれていますが(相撲界からの永久追放になったみたいですね)、相撲界はこの暴力事件に関与した者全てを処罰し、この様な事件は絶対に許さない、という態度を示すべきなのではないでしょうか。

親方や兄弟子による暴力はどんな状況でもあってはならないとは思いません。悪いことをした弟子がいたときは、善悪を体で分からせることも必要でしょう。しかし、手を出すときには、相手の成長や、人間性の改善を願う心が伴っていなければならないと思います。今回の事件では暴行の際、ビール瓶の他に金属バットまで使われたといいます。もし相手のことを少しでも思っていたならば、そんなものまで使おうとは思わなかったでしょう。ただ怒りに任せて手を出したのでは、単なる暴行であり、許されるものではありません。

今回の様な事件が起こる素地は他の部屋にもあると言われています。相撲界はこの事件を重く受け止め、同じような事件が二度と起こらないように、対策を取らなければなりません。
吉田隼人