今週の気になるマガジンレビュー
ちょっと気になるトレンドを、編集部がピックアップ。おもしろ・まじめに語ります

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2007年9月 バックナンバー

2007年9月27日

世界最小人型ロボット

[週刊朝日]
マガ出典雑誌/なぜ、ドラえもんはネコ型ロボットなのだろうか。
あれは人型だろう。猫に似てるやらタヌキに似てるやら言われているが、少なくとも二足歩行で手足を人間のように使い、人間の言葉を話す時点で猫よりも人に近い。
まあ、それはともかく、ドラえもんの誕生までまだ百年以上の月日がある現在。ドラえもんを誕生させるのはまだまだ先のようだが、現在のロボット技術も、ドラえもんを目指して……いるのかどうかは分からないが、着実に成長を続けているようだ。

人型ロボットが我々の目の前に現われ、その存在を印象付けたのは、何と言っても2005年の愛知万博『愛・地球博』だろう。だが、二年前の当時、やはりコストを考えると一般向けに人型ロボットを販売するのは難しい、ということだった。
だが、技術の進歩は二年前の欠点を乗り越えた。今年の秋、タカラトミー社から、世界最小の人型ロボットが販売されるという。身長は16.5センチ、体重350グラムで、気になる値段は三万円ほどだという。
小さくてもその機能は侮れない。リモコン感覚での移動のほか、プログラムされた200種類もの動作を、命令や呼びかけによって行えるのだとか。

そんなかわいらしくてすごい技術のロボットの登場に感服しながらも、同時に、やっぱりロボットの技術はまだまだこれからだな、という印象は受けずには居られない。
現代のロボットというのは、その多くが娯楽用のものだ。犬のロボットがじゃれたり、人のロボットが踊ったり話したり。

その一方で、物理的に人の役に立つロボットというのはまだほとんど見かけない。人の仕事をサポートするのに役に立つロボット――というより、機械――は多いが、全自動で例えばものを運んだり、持ち上げたり、というロボットはあまりない。やはり、周囲の環境の認識が大変なのだろうか。例えば、ゴミ箱をとってもらうにしても、どれがゴミ箱かを識別する。どのように持てば壊さないで持てるかを識別する。持って来た物をどこにおけばいいのかを識別する。そういった、動物ならば無意識でやっている識別が、ロボットには難しい。それは、神経や五感の能力の高さだけでなく、総合的な判断力も必要となってくる。

ともかく、人型のロボットが人々に認識され始め、それなりに質の高いものが出来始めているのはいい傾向だと思う。今後は、これらを更に改良し、より直接的に人をサポートするようなものが生まれてくるといいのではないだろうか。
野中 潔

2007年9月26日

理想の働きマンになる

[muse]
マガ出典雑誌/「恋愛より仕事をとった、なんて、格好いい話じゃない」――ドラマ『働きマン』のプロモーション映像に出てくる台詞だ。

あなたの会社にもいるのではないだろうか。男性並みにバリバリ働き、キャリアを積み重ねていく女性が。本作品は、編集者である28歳の女性が真剣に仕事を向き合う姿を通して、彼女の周囲にいる人間の様々な「仕事に対する姿勢」を描いていく安野モヨコ原作の漫画をドラマ化したものだ。

今回紹介するこの記事では、ドラマで主役を演じる菅野美穂を始めとし、実在する「働きマン」たちの日常をレポート。彼女たちが日常行っている「仕事術」から「ジブン時間の作り方」まで、公私の姿を紹介している。
ちなみにこの記事が掲載されているのは、今月創刊された(正確に言うと創刊準備号が発売された)、女性のためのテレビマガジン『muse』。電車の吊広告に踊る「男子禁制」の文字に興味をそそられた男性諸君も多いのでは?

で、女である私も興味をそそられて読んでみたわけだが、これは是非世の男性たちに読んでもらいたいと思ったのである。

男女平等が謳われている現代社会。とはいえまだまだ「女=家庭に入る」という図式は根強く残っているし、男性が育児休暇をとれるようになっても休みをとるのは女が圧倒的に多い。
そんなバックグラウンドがある中で仕事をしている女性は、仕事に対して何らかのビジョンや姿勢をきちんと持っているんではないかと思う。

一般的に家族を養わなくてはならないとされている男性には、それ相応の給料が支給されている。ということは、結婚さえしてしまえば女性は自分で働く必要はなくなる。 そうやって「働かなくてもいい方法」を知りながらも働いている女性たち。それは彼女たちが自分たちの「働く意味」を自分なりに考え、模索し、そして理解しているからなのではないか。

それでは、あなたの周りにいる「働きマン」たちは、どうして働いているんだろう?

それを考えることは、あなた自身の「働く意味」を考え直すためのよいきっかけにもなるのではないだろうか。
當間光沙

2007年9月25日

男子柔道惨敗にルール改定の影

[AERA]
マガ出典雑誌/「一本!」柔をよく剛を制す、日本の柔道はかつて世界で敵無しでした。しかし、最近は世界のレベルも上がり、リオデジャネイロで先日開かれた世界選手権では、男子が獲得した金メダルは僅かひとつでした。近年まれに見る大惨敗、AERA(朝日新聞社)によると、その裏にはルールの改定があったそうです。

世界選手権が開かれる以前からルール改訂は進められており、現ルールでは消極的な選手に対して主審が下す「指導」のタイミングが極端に遅くなっています。相手に組ませないスタイルの欧州選手が有利になっているのです。

記事によれば、このルール改訂は国際柔道連盟の新会長とその賛同者たちによって行われており、この新会長は日本が支持していた会長の辞任を受けて新たに会長の座に就いたそうです。ルールの改定と新会長の就任。うーん、何か政治的な臭いを感じますね……。

もし日本の柔道が世界のトップを維持したければ、柔道界は自分たちが良いと思う、自分たちに有利となる様なルールを作り、守っていくための努力をするべきなのではないでしょうか?

「日本が強いからってルールを改正するなんて汚い!」「勝ちたければ実力をつけろ!」「あんなのは柔道じゃない!」そういった意見は確かに最もです。

でも、勝つためにルールを変えて自国を有利にするのは、世界では当たり前のこと。良くも悪くも「規則は絶対」という傾向が強い日本の常識は、世界では通用しないのです。

このようなルール改正は柔道だけでなく、バレーボールやジャンプ競技でも行われてきました。日本はその度に苦渋を味わってきたのですから、そろそろ自己主張をするべきでしょう。

自分たちにとって都合の良いルールを作る、などというのはちょっと卑怯に思えるかもしれません。しかし、柔道がこれほど世界に広まっている以上、勝つためには仕方のないことだと思います。この惨敗を教訓に、是非とも考えてほしいものですね。
吉田隼人

2007年9月20日

限界まで[チャイナフリー]を実践!

[SPA!]
マガ出典雑誌/『Made in China』。日本に住んでいて、この言葉に全く何も感じない人というのは、恐らく皆無ではないだろうか。 全ての人が中国製品を毛嫌いしていると言う事はないだろう。だが、たとえほとんど無意識にだとしても、ほとんどの人は何らかの――多くは、あまり良くない――イメージを感じるはずだ。

一昔前は、毛嫌いする人は中国製品は買わなければいい、というような風潮だった。実際、しようと思えば、そうできただろう。だが、イヤなら使わない、というのも、今ではそう簡単ではない状況になってきた。

日本人の朝食、ご飯、納豆、味噌汁。だが、それら全てを日本産食品でそろえることすら、現在では難しくなっているという。

原産地表示のない大豆食品、すなわち納豆や味噌は即アウトだ。さらに油断ならないことに、国内産の大豆を使った豆腐を使うにしても、その豆腐を固めるにがりは、圧倒的に中国産のものが多いのだという。

さらに難しいのが調味料系だ。スパイスなどの乾物も中国産が多く、果ては国産のから揚げ粉すら手に入れるのは難しい始末。しかも、これらを徹底的に排除して塩味だけの弁当を作ってみても、値段が中国産食品を使ったコンビニ弁当のなんと三倍になってしまうのだから救われない。

食品以外にも、メイドインチャイナの波は広がっている。国内で流通している衣服の70%、さらにはデスクトップ型パソコンは90%が中国産だという。さらに、残りの10%も、ハードディスクなどに中国産のものが使われている可能性は大きい。マウスやキーボードなどを買えば、即座にメイドインチャイナの色が入ってくる。

だが一方で自分はと言えば、あまりメイドインチャイナを気にする方ではない。むしろ、現在のメイドインチャイナを毛嫌いする風潮のほうを嫌っているくらいだ。

実際、この記事の通り、中国製品に頼らずには生きていけない。パソコンも、今この記事を打っているキーボードも中国製だ。確かに危険性というマイナスはあるのだろうが、そもそも中国製品を使って生活しているというプラスはそれよりも大きい。

そんな風に妥協するから中国製品に日本は支配されてしまうんだ、というようなことを言う人も居る。だが、自分がメイドインチャイナに寛容なのは利便性のためだけではない。

中国という国は、日本の実に25倍(程度)もの広さを持つ大きな国だ。日本にも関東や関西、あるいは都道府県という分類があるように、中国にもそういった様々な場所や様々な工場、企業があり、そこで作られる製品にもそれこそピンのピンからキリのキリまで、いろんなクオリティのものがあるだろう。それこそ、下手な日本製品よりもよっぽどいいものもあると思う。それを、大雑把な国という分類だけでパチモノ、排除すべき存在と見なすのは、むしろ失礼ではないだろうか。
野中 潔

2007年9月19日

不思議図書館「著者からのメッセージ」

[読売ウィークリー]
マガ出典雑誌/今週の読売ウィークリーは、案の定15ページぶち抜きで安倍辞任について。
力の入ったそのページを敢えてスルーして、今回紹介したいのは連載企画「不思議図書館」。どんなに世間が騒がしかろうと物騒だろうと、いつでも決まったページ数で読者を待っていてくれるこういう記事を見ると、私はなんだかほっとするのだけれども……どうだろう。

タイトルから想像される通り、この連載では毎回様々なトピックを立てて本紹介を行っている。
その中でも読み応えがあるのが「著者からのメッセージ」というトピック。一冊の本を取り上げ、その著者に執筆のバックグラウンドを聞くインタビュー記事だ。 今回取り上げられているのは『ミサイルマン』という一冊で、著者は平山夢明氏。彼は長い下積み時代を経て、2007年に「このミステリーがすごい!」一位を獲得。その後大ブレイクしたホラー小説家である。

このインタビューの中で、印象に残ったのが「難しいよ、この商売。饅頭屋と違って、前と同じの作ると怒られるもん」という台詞。軽い口調だが、筆一本で食べている作家の言葉だと思うと重みが感じられる。
彼は決して順調な執筆活動を続けてきた作家ではなく、スランプが二年以上続いたり、プレッシャーのため“書けない病”になったりと、紆余曲折を経て今の地位にたどり着いた。

こうして作家の口を通して聞くと、物語一つ生み出すのは大変なことなんだな……と改めて感じる。
本屋や図書館に並ぶ完成品の数々を眺めていると、作家というものは次々に溢れ出るアイディアの泉のようなものを持っていて、それを文章に起こす才能を持った人たちなのではないかと思うことがある。
しかし実際は、彼のように「殺しの山場は筆が止まるんだよ。2日くらい寝ずに頭で練り抜く」と、悩み苦しみながら筆を進める作家が数多く存在するのだ。

そう考えると、普段はさらりと「速読」してしまっている小説も、作者に敬意を払ってじっくり読んでみようという気になってくる。
せっかく読書の秋でもあるし、たまには現実を忘れてどっぷりと物語世界に遊んでみるのもいいかもしれない。
當間光沙

2007年9月18日

庶民のサイフ直撃! “ステルス値上げ”がとまらない!!

[プレイボーイ]
マガ出典雑誌/原油価格の高騰、バイオ燃料ブーム、新興諸国の経済成長等、世界経済の動きが激しくなっています。最近良く話題になりますが、イマイチ身近に感じられませんよね。私も「最近ガソリンが高くなったな~中国とかで石油の需要が増えたからみたいだけど」としか思っていませんでした。でも、実は私たちの身近なところに影響が出てきているみたいです。もっとも、気付くことは無いかもしれませんが……。

今週の「プレイボーイ」(集英社)の「庶民のサイフ直撃! “ステルス値上げ”がとまらない!!」によると、昨今の世界経済の動きの影響で、庶民にとって身近な商品の数々が、「ステルス値上げ」(値段を変えずに内容量を減らす)されるそうです。

グリコのポッキーは内容量を80gから72gへ、森永のダースは50gから48gへと、菓子メーカー各社は商品の減量を開始。ポッキーが8g減ると本数ではどのくらい減るのでしょうか……一見しただけではちょっと分かりづらそうですね。

さらに何の発表も無いまま、既に実質的な値上げを行っているのが100円ショップ。原油価格の高騰により、以前は1000枚収納できるタイプが売られていた名詞ファイルが、500枚収納のタイプになったりしているそうです。「100円ショップ」は値上げができないため、量を減らすしかないのです。

いや~気づかないうちに、身近なところで商品の値上げが行われているのですね。100円ショップのヘビーユーザーである私としてはつらいです。でも、これは仕方の無いことなんじゃないでしょうか。ただでさえ価格競争が激しい今の時代、価格を維持したければ人件費を削るしかないでしょう。そうすれば、メーカーで働く人は安い賃金で働き続けざるを得ません。特に低賃金で働くフリーターや派遣社員は、さらに過酷な条件で働くことになるでしょう。

お菓子の値段が上がるのはちょっと残念ですが、作る人のことを考えると我慢しないといけないのではないでしょうか。
吉田隼人

2007年9月13日

「暖簾にひじ鉄(連載)」と「引退しないでくれ!」   朝青龍事件に対する二つの見解

[週刊朝日]
マガ出典雑誌/かつてこれほど相撲が日本の国技であることが叫ばれた事があっただろうか。今やどこの雑誌やテレビでも、現在モンゴルに帰っている相撲の横綱、朝青龍の話題はしきりに取り上げられている。 朝青龍をかばう声もあれば、けなす声もあり、かばうものをけなすものや、けなすものをさらにけなす声もある。この週刊朝日では、かばう声とけなす声を同時に掲載している。

「暖簾にひじ鉄」の記事はけなす方だ。「自ら引退を決断することが最良と考える」内館さん(書き手)の朝青龍批判は的確で、説得力がある。

相撲協会による軟禁は、軟禁ではなく、朝青龍自らの『篭城』であり、「何よりも醜悪だった」と厳しい見解だが、長引く騒動の中、その見解に共感する人も少なくないのではと思う。

一方で、「引退しないでくれ!」という声もある。同じ力士であり、同郷の先輩である旭鷲山氏の声だ。

同じ国の生まれで同じ仕事をしているということのみならず、恐らく我々があまり知らないであろう、相撲の外のビジネスのつながりからも、「引退しないで欲しい」という意思を示している。 こちらの記事はかばうというよりも激励に近いが、それでも朝青龍やモンゴル力士の新たな一面を知って、考えさせられるものもある。

個人的には、朝青龍は『仕事に対する認識が甘い』あるいは『反応が子供っぽい』という印象は持ってしまう。いつまでも続くこの騒動が見苦しいと感じる事もある。

だが一方で、今までろくに注目もしていなかった国技が、大事とは言え一つの事件で寄ってたかって取り上げられ、雑誌の紙面やニュースの時間にちりばめられ、身勝手なものも含め過剰な数の意見が飛び交っている現在のこの状況も、多少なり見苦しい感じのするものではあると思う。
野中 潔

2007年9月12日

「誰かに必要とされたい」症候群

[SPA!]
マガ出典雑誌/慌しく日々の生活を送る中で、ふと我に返って感じる孤独、空虚感――そして湧き上がる、「誰かに必要とされたい」欲求。今回紹介する記事は、このような欲求を「誰かに必要とされたい症候群」と名づけた上で、その患者たち(?)が主体的に生きがいと居場所を求めていく様子をつづったドキュメント集である。

一口に「必要とされる」といっても、人によってその形は様々だ。自室に引きこもっていたニートが社会から必要とされたくてボランティアに参加した例もあれば、キャリアウーマンだった女性が営業を断られる内に自己否定をされている気分になり、自分を求めてもらえる風俗嬢に転身した例もある。

記事中では、「必要とされる」ことに成功し活き活きと暮らし始めた人々を書く一方で、「『人のため』の行動が『自分のため』になる」などと、少々異常ともいえる欲求を皮肉交じりに解説している場面もある。
具体的な例として挙がっているのは、「売れないアイドルのCDを買って支える」のが自分の役目だと思い込み、アイドルから必要とされることに喜びを覚える会社員や、駄目な男に尽くすことによって「自分は必要とされていると思い込む自己暗示」をかけている看護師など。

数え切れないほどの人が存在するこの世界で、自己発信だけして生きていても、誰かがそれを拾って返してくれない限り他人の存在を意識することはできない。
「必要とされた」ということは、自己発信を受け止めてくれた人が更に自らを「発信し返してくれた」ということで、それは一種のコミュニケーションとも言えるのかもしれない。
ただ、それが過度になりすぎているのが問題なのだろう。
特に、携帯電話やインターネットの普及で24時間の連絡が可能になった昨今だからこそ、人々は目に見える形での「存在意義」でないと認識できなくなってしまったんではないか。


「必要とされたい」。誰もが持っているこの欲求は、扱い方を間違えると自らの身を滅ぼすことにもなり得る、諸刃の剣なのかもしれない。

當間光沙

2007年9月11日

北九州市 これは行政による殺人だ

[週刊金曜日 ]
マガ出典雑誌/「例え失敗しても、飢えることは無いと思っていました」

何か大きなことに挑戦した人のインタビューでよく見かけるコメントですよね。苦しい生活を強いられることがあっても餓死することは無い国。日本は長らくそう言われ続け、他国から羨ましがられてきました。しかし、どんな人でも生活できる日本は過去のもの になりつつあるようです。

「週刊金曜日」(株式会社金曜日)の「北九州市 これは行政による殺人だ」によれば、北九州市の生活保護行政の失策により、同市では餓死者が少なくとも四人出ているそうです。

「オニギリ食いたい」という言葉を残して死亡した男性が、一時期話題になりましたよね。あの男性も、北九州市の住民でした。北九州市はこの十数年の不況で、唯一保護率 を横ばいに留めてきた自治体です。生活保護の申請件数の目標数値を決定し、専門員に毎月の申請件数を報告させていました。企業の営業ノルマみたいですね。数値を超える申請は許可が下りず、本来は保護を受けるべき人々が保護を受けられなくなっていたのです。上限を決めていれば、保護率が横ばいになるのもあたりまえですよね。しかし、当然無理が出ることになり、餓死者が出るという悲劇が発生しました。

生活保護の申請が多くなれば、財政難に悩む地方自治体にとって大きな負担となります。申請に上限を作りたくもなるかもしれません。

しかし、働く意思があっても働けない人の生活を保護するのは、自治体に求められる最低限の機能なのではないでしょうか。さらに、生活保護の申請を制限すれば、一時的に財政は潤う かもしれませんが、その様な自治体から人は離れていくでしょう。長い目で見れば、結局は大きな損失を被ることになると思います。

いたずらに生活保護を給付するのは言語道断ですが、働きたくても働けない人は世の中にたくさんいます。どの様な社会的弱者でも、最低限の生活は営める国になってほしいものです。
吉田隼人

2007年9月 7日

超最新版 ’07年あなたが選ぶ好きな男・嫌いな男

[an・an]
マガ出典雑誌/今年もこの季節がやってきた。ワイドショーやバラエティなどで幾度も取り上げられているから、もはや知っている人もいるかもしれない。

そう、an・anの「‘07年あなたが選ぶ 好きな男・嫌いな男ランキング!」 毎年毎年気になりながら、手に取れない男性諸君も多いのでは?

このランキング、単純に「好きな男」「嫌いな男」だけでなく、「結婚したい男」「恋人にしたい男」「セクシーな男」「かわいい男」などなど、きちんとカテゴリー分けされたランキングも集計・発表されているところがおそらく人気の秘密だろう。もちろんネガティブ部門もしっかりカテゴリー分けされており、「友達になりたくない男」「頭が悪そうな男」「嫌いな政治家」などなど読み応えたっぷり。ちなみに、嫌いな政治家第一位は、現職総理大臣の安倍晋三……いいのか、日本。

好きな男ランキング上位に食い込んだ男性と、(多分)an・an的要チェックな男性は改めてページを使ってがっつりインタビューされている。14年連続一位を獲得した木村拓哉なんて4ページまるまる使っちゃってます。二位の福山雅治も同じく。売り上げも伸びるわけだよな……。

そしてまた上位の男たちは、インタビューの中でもかっこいいことを言っているんである。

「男の色気とは、その人の過去、これまでの生き方が全身に表れ、結果的にそれが匂い立つのだと思う」――岡田准一(V6)

「やっぱり人生は恋愛です。仕事はとことん悩んだり、やるべきことをやって自分を高めていけばいい。でも恋愛はナマモノ」――瑛太

「たとえば、好きな人が汗だくで気持ち悪いと言ったら、シャワーを浴びてもらうためにホテルを借りてあげる。僕、そのくらいの努力は惜しまないですよ」――松田翔太

……できすぎじゃないのか! 作ってんじゃないのか!
突っ込みたいのもやまやまだが、作ってようが何しようが現にそういう男が世の中で「好きな男」に選ばれているわけである。

今年は恥ずかしさを捨てて、研究資料として一冊買ってみるのも一興かも。


當間光沙

2007年9月 5日

数学に強くなる「折り紙」遊び

[プレジデントFamily]
マガ出典雑誌/スペースシャトルに、折り紙のアイデアが使われている。

そう言われて、どんなものなのか想像がつくだろうか。 普段はコンパクトに畳むことができ、平面の端を引っ張ることによって畳んであった巨大な平面を展開することが出来る。スペースシャトルで太陽電池のパネルを宇宙空間上に広げるために使われる、『ミウラ折り』と呼ばれる折り方は、1970年に東京大学名誉教授である三浦公亮博士の考案した折り畳み方だ。 血管を形状記憶合金を使って物理的に押し広げ、動脈硬化などの治療に用いる医療器具『ステントグラフト』など、折り紙の原理を利用し、同じものでも複数の形状を持たせることの出来る技術がある。

だが、折り紙と言われても、どんな風に折ったらよりコンパクトに折り畳んだりすることが出来るか、想像が付くだろうか? この記事では、折り紙の論理を数学的な考え方と結び付けて説明している。折り紙は、算数の計算と同様に、脳、特に左脳の働きを活発にし、空間の把握力を高めるという。

記事の中には、一般的に知られているよりもずっと不思議で算数的な折り紙の問題がいくつも紹介されている。簡単なものから始まって、どうなっているんだ? と頭を抱えたくなるものまで。詳しい解説もついているので、図だけじゃ分からない! という人も楽しめると思う。折り紙に親しんで居ない人には想像も付かない、『曲線の折り目』を使った美しい形状の『バラ』写真を見て面白いと思ったら、ぜひ挑戦してみて欲しい。

と言っても、折り紙で立体的な思考力、数学の論理、と言ったところで『数学なんて、自分には関係ない』と思ってしまう人も多いと思う。だが、理系の人間に限らず、プレゼンなどにおいて、想像の難しい観点からでも思考し、論理的な話の展開をするといった『左脳的な』力は少なからず多くの人間が必要としている能力だろう。

ぜひ、同僚や仲間とわいわい左脳を使う『折り紙』というゲームを楽しんでみて欲しい。


野中 潔

2007年9月 4日

住友商事が踏み切った『65歳まで給料満額支払います』

[週刊ポスト]
マガ出典雑誌/私はランニングが趣味で、自宅近くのランニングコースをよく走るのですが、60歳以上と思しき方々は若い私を軽やかに抜き去っていきます。還暦を迎える60歳が「長寿」としてお祝いされたのも今は昔。現代の60代は本当にお元気ですね。

60代はもはや「お年寄り」と言えなくなった今、定年を迎える60歳を過ぎた社員を再雇する企業も出てきているようです。今週の「週刊ポスト」(小学館)の「住友商事が踏み切った『65歳まで給料満額支払います』」では、住友商事の斬新な再雇用制度が紹介されています。

住友商事の再雇用の条件は「通常勤務に耐えうる健康状態であること」のみ。基本的には希望者全員が、65歳まで嘱託契約で再雇用されるのです。しかも他企業の再雇用制度と大きく違うのは、その給料の高さ。最高で給料が定年前と同じ水準になることもあるのだとか。ちなみに住商の60歳時の年収は約2000万円です。これが定年以降もらえるとしたら……いや~羨ましい限りですね。住商の様な取り組みはこれから日本の他の企業にも広まっていくようです。

定年を迎えた社員は老後に備えて安定した給料を得ることができて、企業は優秀な人材を留めておくことができる……いいことだらけじゃん! と言いたいところですが、若者である私としては複雑な気分です。なぜならば、日本の企業に根強く残る終身雇用、年功序列制度のもとでは、高齢社員の増大は人件費の増加を 意味します。そして企業はその人件費の増加を、新卒社員の採用を減らすことで抑えようとするでしょう。そうすれば若者の働く機会は失われ、近頃話題となっている若年層の貧困がより大きな問題となるかもしれません。

だからと言って、優秀な高齢者が働かないのももったいない限りです。年齢に関係なく、働く意思と能力がある人が自由に働ける仕組みを作っていかなければなりませんね。
吉田隼人