仕事がデキる人の“捨てる英語術”
TOEICテストがダメなあの人が、仕事で英語をバリバリ使える理由

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2007年6月 バックナンバー

2007年6月20日

5. エグザマンとコンクールの違い
-TOEICと上手に付き合うための基礎知識1-

突然ですが、このブログを見ているそこのあなた、TOEICにカモられていませんか。

現在英語学習者の間で人気を博しているTOEICですが、その受験者の多くはTOEICで高得点を取ることのみに目を奪われ、そこで測定される英語力がどのようなものかということは考えていないようです。そのため、多くの人がTOEICのスコアアップを追い求めるあまり、TOEIC産業のいいカモとなっています。カモられずに上手にTOEICと付き合うためにも、ここでTOEICの基本的な性質について学んでいきましょう。

さて、突然ですが、フランス語では日本の試験に当たる単語が二つ存在するのをご存知でしょうか?一つは、エグザマンと呼ばれるものでは、これは最初から規定の点数が決まっており、その規定の点数を取れば受験者内での順位にかかわらず合格になるものです。もう一つは、コンクールと呼ばれるもので、これは合格人数が決まっており、点数ではなく受験者内での順位により合否が決まります。

日本での例を挙げれば、90点以上取れば合格となっている運転免許の学科試験などは、エグザマンと言えます。それに対して、大学入試の場合は全体の順位に基づく偏差値によって合否が決定されるので、コンクールといえます。日本語ではどちらも試験の一言で表されていますが、実際はこのように性質がかなり異なるのです。

では、TOEICはコンクールとエグザマンのいったいどちらになるのでしょうか?TOEICの公式認定証を見ると、スコアのところにPercentile rankと書いてあることがわかります。公式認定証に書かれているスコアの読み方によれば、Percentile rankとは「あなたのスコアをある母集団の中に置いた場合に、あなたのスコアに満たない受験者が何%いるか」を示したものだそうです。ですから、TOEICはコンクールであることがわかります。

このことから何が言えるかというと、TOEICというのはあくまでTOEICを受けた人の中でのその人の順位を示すものであり、その人がその英語力を使って仕事をこなすことができるかどうかを示すものではないということです。より具体的に言えば、TOEICで測定できるのはあくまである集団における英語の偏差値だけであり、その基礎力を英語でメールを書いたり電話をしたりするといった仕事の個々の場面に応用できるかどうかは測定できないということです。

もちろん、TOEICの点数が無意味だというわけではありません。英語でメールを書いたり電話をしたりするといった技能を、TOEICの点数が高い人と遅い人のどちらがより早く身につけられるかというと、これは当然点数の高い人です。しかし、一方で、TOEICの点数だけでは、その人がどれだけ仕事のシーンで英語を使いこなせるかはわからないということもまた頭に入れておくべきでしょう。

以上のことからわかるように、英語を実際に仕事で使えるようになるためには、コンクールで必要とされる力をつけるだけでは不十分です。本当は、運転免許の試験のように、現場で必要とされる能力の基礎が見についているかどうかを測定するエグザマン的な試験があるといいのですが、残念ながら現在メジャーな試験の中にはそのようなものは見当たりません。

なので、英語を本当に使えるようになりたい方は、自分で意識してこのような能力を身につけていく必要があります。幸いにも、市販されている英語の参考書には、このような仕事で必要とされる英語力を身につけるための本が多数あるので、自分が仕事で必要とする英語運用能力に見合ったものを選んで学んでいくといいでしょう。具体的な参考書に関しては、また後日取り上げたいと思います。


まとめ

TOEICはあくまで英語の偏差値を測定するもので、英語の運用能力を測定する試験ではありません。なので、仕事で英語が使えるようになりたいのであれば、TOEICの点数に一喜一憂するのではなく、実際の仕事の現場で必要とされる英語の運用力を身につけるようにしましょう。

4. The best is the enemy of the good.

突然ですが、皆さんは項羽を知っていますか?そう、中国の歴史に出てくる、漢の高祖劉邦と戦ったあの項羽です。漢文の授業で「虞や虞や、汝をいかんせん」とやったのを覚えている方もいるかもしれません。この「虞や虞や、汝をいかんせん」というのは、司馬遷の史記の項羽本記に書かれているのですが、その中に英語を学ぶということを考える上で非常に興味深いエピソードがあるので、今回はそれを取り上げることにしましょう。

項羽は、若い時に書道や剣術を学ぶのですが、そのどれ一つとしてものになりません。それをみたおじさんの項梁が項羽をしかると、項羽は「書道なんて名前が書ければいいし、剣術は一人の敵しか相手にできない。こんな詰まらんもの勉強するよりは、万人の敵を倒すための兵法を勉強したい」と言って反論します。これを聞いておじさんは項羽に兵法を教えます。ところが、項羽はこれだけ大きな事を言って学び始めた兵法を、大筋がわかるとすぐやめてしまうんですよね。

この話のどこが英語を学ぶ上で示唆的かというと、それは大筋がわかるとすぐやめてしまうというところです。やっぱり、どんなことでも極めようとすると時間がかかるし、またそれを極めているとその専門家にしかなれないわけです。でも、実際に世の中で使おうと思ったら、大筋だけ抑えてしまって、細かいところは専門家に頼めば十分なんですよね。むしろ、ここで兵法の専門家にならなかったこそ、項羽は将軍として大活躍ができたのです。

僕らは目の前に問題があるとどうしてもそれを解けるようになろうとしますが、しかし人生全体のコストと言う観点から考えると、その問題自体がそもそも解くに値しないと言うことが往々にしてあるわけです。なので、問題を解く前にそもそもその問題が特に値するかをきちんと考えなければいけません。それを見極めず、全てを解くことを目指そうとするのは、専門家になろうとする人にはいいかもしれないんですけど、そうじゃない人にとってはむしろ害の方が大きいといえるでしょう。

これと同じ事を言っているのが、今回のタイトルでも取り上げた、The best is the enemy of the good.という諺です。実は、この諺はもともとThe good is the enemy of the best.という諺がもとになっています。The good is the enemy of the best.とはベストに到達するためには、グッドになるためとは違ったやり方が必要になって来るという意味です。しかし、逆もまた真なりで、グッドになるためには、必ずしもベストになるためと同じやり方でやる必要はないのです。だからこそ、The best is the enemy of the good.もまた諺になったのです。

僕自身もかつてはそうでしたが、英語の先生の中には、ベストの英語力を身につけるための方法論を生徒に教えている人が多いです。なぜかというと、先生という専門職ではベストの英語力が必要とされるので、どうしても生徒もベストの英語力をつけることがいいことだ思い込んでしまうからです。しかし、項羽のエピソードからもわかるように、実際に仕事で英語を使う人の英語力というのはベストである必要はありません。ですから、英語が上達するための方法論というのも、必ずしもベストを目指すためのものと一致してなくてもかまわないわけです。

もし自分が英語の勉強に挫折しかけたら、自分がベストを目指すべきなのか、それともグッドでかまわないのか、英語の勉強を投げ出す前にもう一度考えて見ましょう。そうすれば、自分が英語とどう付き合うべきかが見えてくると思います。

2007年6月13日

3. 現在の語学力を仕事に生かす

前回のエントリーで、“仕事で英語を使えるようになるためにも、「英語はできればできるほどいい」という考え方は、今日で捨て去ってしまいましょう。”と書きました。しかし、「そうは言っても、やはり英語力がないと。英語で仕事を使うことはできないんじゃないか?」と思っている方も多いと思います。

なので、今回は専門ではないイタリア語をどうやってビジネスに結び付けたかという僕自身の実例を見ていくことで、現在の語学力を仕事に生かすための方法について見て行きたいと思います。

さて、プロフィールに早稲田大学英文学科卒業、早稲田大学文学研究科仏文修士とあるように、僕自身の専門は英語とフランス語です。イタリア語はイタリア語検定3級を持ってはいるものの、専門というには程遠い内容でした。しかし、今回ある出版社からでているイタリア語の単語集の改訂版を作る仕事を受注することができました。

通常、このような語学の本というのは、その言語の専門家が作るものです。それを、なぜイタリア語検定3級の僕が作成を担当できるようになったのでしょうか。それには二つの理由があります。それを、これから見ていきましょう。

まず、一つ目の理由としては、今回の仕事にはそれほど語学力が必要とされないということがあります。今回の僕が引き受けることになった本は、今まで出していた本の改訂版を作る作業です。そのため、一から本を作る場合と違って、単語を一から調べたりする必要はありません。基本的には、今までの本のミスを探す+新しく追加された語句を辞書で調べていくだけです。ですから、それほど高い語学力は必要とされないのです。もし新しく本を一から作るのであれば、編集部の方も他の方に依頼したでしょうし、またそもそも僕自身も引き受けていませんでした。

二つ目の理由としては、今回の改定作業で必要とされる仕事をこなすだけの本の作成スキルがあったということが上げられます。実は、今回イタリア語単語集の改訂を担当する前に、同じ出版社からフランス語の単語集の改定作業を行う依頼を受けていたのですが、それは一ヶ月という短期間で仕上げていました。それが「この人は、改定作業を行うだけのスキルを持っている」という評価につながりました。そのため、イタリア語の方の改定も作業も引き受けさせてくれないかと頼んだときにも、気持ちよく了承をいただきました。

以上のことからわかるように、仕事で語学を使うためには、必ずしも高い語学力は必要ないのです。もちろん、高い語学力があれば、その分だけ仕事の幅は広くなります。しかし、一方で現在の語学力のまま行うことのできる仕事もたくさんあると思います。勉強を始める前に、まず自分の今の能力でできる仕事はないかを探してみるようにしましょう。

また、それと同時に、今まで培った仕事のスキルを生かすことで語学力の不足を補うことができるということもわかると思います。英語以外の言語の場合、最初の段階ではワードにフランス語のスペルチック機能が入っていないこともあり、市販されている語学書のなかにもスペルミスがあるものがしばしば見受けられます。そういったスペルミスをなくすため、今回フランス語の単語集の改定作業を行う際には、open officeというワープロソフトをダウンロードしてスペルチェックを行ったのですが、その時にこのソフトを使うことで「自分は、イタリア語でもスペルミスのない本を作るスキル」があるということに気づきました。このスキルのおかげで、「現在の自分のイタリア語力でも改定作業を行うことはできる」という自信がついたからこそ、イタリア語の改定作業を引き受けたいという申し出をすることができたのです。

今回のビジネス悩み相談のコーナーに“(独立するためには)資格ではなく「その資格を活かして儲けるにはどうすればいいのか”を考える必要があるとありましたが、それは仕事で英語を使っている人にも当てはまります。実は、仕事で英語を使う上で一番大切なのは、「勉強して英語ができるようになったら仕事で使おう」という姿勢から「今の英語力でできる仕事をやろう」という姿勢に考え方をシフトさせることなのです。そして、そうやって仕事の中で英語を使っていれば、自然と英語力が身についてきます。そうすれば、自然と英語を使ってできる仕事の幅が広まってきます。


[ビジトレ該当ページ]

最近勉強方法を書いた本が流行っています。もちろん、レベルの高いスキルを身につけるためには、体系的な勉強を行うことはかかせません。しかし、社会人の場合、実は仕事そのものが一番実践的な勉強方法であるというのもまた事実です。英語を仕事で使えるようになるためにも、自分にできる仕事で実践的な英語力を身につけ、TOEICの試験対策などをすることでそれをさらにブラッシュアップし、その結果高まった英語力をさらに仕事で生かすという正のサイクルを打ちたてるようにしましょう。


今回のまとめ
社会人にとっては、仕事そのものが一番実践的な勉強方法!

2007年6月 5日

2. 英語はできればできるほどいいのか?


さて、「仕事がデキる人の“捨てる英語術”」の2回目となる今回は、「英語はできればできるほどいいのか?」ということについて考えていきたいと思います。

まあ、当たり前と言えば当たり前の事なんですが、英語を勉強してる人の間では「英語はできればできるほどいい」と言う考え方がはびこっています。しかし、実際に仕事で使うと言う側面から見ると、これは必ずしも当てはまりません。なぜなら、学ぶためには、その分のコストがかかるからです。

学生の間は、学びにかかるコストを考えなくていいので、学べることはすべて学ぶべきかもしれません。しかし、社会人になってくると自分の行動に対してコストが生まれてきます。そのため、たとえ客観的に見て学ぶべき価値のあるもので、その結果得られるアウトプットの価値が学びにかかるコストより小さいのであれば、それは学ぶべきじゃないということになります。

例えば僕の場合、青色申告の帳簿を自分でつけられるようになるために、今年から簿記3級の勉強を始めたのですが、これに関してはおそらく3級を実際に取ることはないと思います。なぜかというと、英語講師や語学参考書の執筆といった仕事には在庫や仕入れなどの概念が存在せず、個人商店で必要とされるような複雑な仕分けについて学ぶ必要がないからです。

通常、仕事について何かを学ぶ際は、このようにまず自分に何が必要かということをきちんと見極め、その範囲に収まるものだけを身につけようとします。なぜかというと、その知識を使って仕事をするのが勉強のメインであって、その知識自体を学ぶことが勉強のメインではないからです。

もちろん、自分が学ぼうとする分野に関する専門的な知識を身につけるのは、いいことです。しかし、それを仕事で使うことよりも、それを学ぶことが先になってしまえば、本末転倒といわざるを得ないでしょう。僕の場合も、この先事業が拡大した場合は、さらに簿記や経営といったことについて学ぶことになると思いますが、当面は現状の知識で十分なので、簿記の知識を身につけることよりも目の前の仕事に専念して行こうと思っています。

そして、これと同じことが英語を学ぶ上でも当てはまります。抽象的な自己啓発という目的を除けば、ビジネスパーソンが英語を学ぶのは、仕事で英語を使う必要性があるからです。英語がそのものができるようになりたいからではありません。

しかし、英語の場合学校で教えられているということもあり、「英語はできればできるほどいいんだ」というイデオロギーは学習者の頭に非常に強固に頭にこびりついています。そのため、英語を勉強している方の多くはどうしてもこの考え方から抜け出せず、結果としてTOEICの点数を必要以上に重視してしまうということが多く見受けられます。

このようにならないためにも、まずは「英語はできればできるほどいいんだ」という考え方を捨ててしまいましょう。英語は仕事で必要とされる分だけできればいいのです。客観的な英語力を他人と比べる必要はありません。仕事で必要とされる英語力があれば、TOEICの点数なんて何点でもかまわないのです(注 そもそもTOEICはあくまで受験者内での相対的な英語力を測定するものであり、仕事の各シーンで英語を使えるかどうかは測定していません。この点については、後日述べたいと思います。)

むしろ、今仕事で必要とされる英語力より自分の英語力が上であることは、仕事で必要とされる英語力より自分の英語力が下であることと同じくらい悪いことだと考えるようにしましょう。なぜかというと、自分の英語力の方が仕事で必要される英語力より上の場合、せっかく自分が身につけたスキルを有効に使っていないからです。

ですから、MBAのように現状より上の英語力をつけることがそのまま仕事に役に立つという場合を除いては、まずは「仕事で必要とされる英語を身につける」事を目指すようにしましょう。客観的な意味で、「英語ができるようになる」ことを目指す必要はありません。なぜなら、もし自分の仕事振りが認められて仕事で英語を使う範囲が増えていけば、仕事で身につけなければならない英語の範囲も広がり、結果として客観的な英語力も上がっていくからです。

仕事で英語を使えるようになるためにも、「英語はできればできるほどいい」という考え方は、今日で捨て去ってしまいましょう。